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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)11342号 判決

原告 坂村万吉

右訴訟代理人弁護士 牧野茂

同 川嶋尚道

被告 国

右代表者法務大臣 鈴木省吾

右指定代理人 河野功夫

〈ほか三名〉

主文

一  別紙物件目録記載の土地につき、原告が所有権を有することを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和二八年四月以来、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を畑として、その後陸田として耕作占有してきた。

2  したがって、原告は、遅くとも昭和四八年四月三〇日の経過により、本件土地の所有権を時効取得した。

3  被告は原告に対し、本件土地は被告の所有である旨主張している。

4  よって、原告は被告に対し、本件土地につき、原告が所有権を有することの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は否認。

2  同3は認める。

三  抗弁

1  本件土地は、被告が所有し、群馬県知事が管理する公共用財産(水路)であって、取得時効の対象とはなり得ないものである。

2  原告の本件土地の耕作占有は、所有の意思がない。

3  時効利益の放棄ないし援用権の喪失

原告は群馬県知事に対し、本件土地につき、公共物用途廃止申請をなし、同知事は、昭和五九年一月六日、右申請を受理したものであるから、原告は、時効利益を放棄ないし援用権を喪失したものというべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、本件土地は、被告が所有し、群馬県知事が管理する公共用財産(水路)であったことは認め、その余は争う。

2  同2は否認。

3  同3のうち、原告は群馬県知事に対し、本件土地につき、公共物用途廃止申請をなし、同知事は、昭和五九年一月六日、右申請を受理したことは認め、その余は争う。

五  再抗弁

1  本件土地は、昭和一七年三月以降現在に至るまで、水路として公の目的に供用されることなく放置され、公共用財産としての形態、機能を全く喪失しているから、黙示的に公用が廃止されたものというべきである。

2  館林市の職員は、昭和三三年一〇月ころ及び昭和四八年六月ころ、原告が本件土地を所有することを認めているから、抗弁3の主張は信義則に反し許されない。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1は争う。

本件土地は、隣接する館林市道九八号線(敷地は国有地)の拡幅用地及び側溝整備用地として確保する必要があるところ、原告の占拠によって、右公の目的が害されている。

2  同2は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、請求原因1の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

二  昭和四八年四月三〇日が経過したことは、公知の事実である。

三  請求原因3の事実は当事者間に争いがない。

四  公共用財産の時効取得について

1  本件土地は、被告が所有し、群馬県知事が管理する公共用財産(水路)であったことは、当事者間に争いがない。

2  公共用財産は、通常の場合には行政主体による公用廃止行為がない限り、私的占有ないし時効取得の対象とはなり得ないものというべきであるが、長年の間事実上公の目的に供用されることなく放置され、公共用財産としての形態、機能を全く喪失し、その物のうえに他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的が害されることもなく、もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなった場合には、黙示的に公用が廃止されたものとして、取得時効の成立を妨げず、右基準に適合する客観的状況は、自主占有開始の時点までに、存在することを要するものと解するのが相当である。

3  これを本件についてみるに、前記認定事実、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一)  本件土地は、旧郷谷村大字四ッ谷地区を流れる水路の一部であったが、四ッ谷地区に入る付近で蛇行し、かつ、水路幅も狭かったので、上流の大字当郷地区では、田畑がたびたび冠水して農作物に被害を受けていたこと。

(二)  そこで、右被害を避けるため、昭和一七年三月ころ、水路の変更工事がなされ、水路の位置は、本件土地から左記各土地(坂村家所有、以下「新水路」という。)等に移動し、水路設置のため新水路を堀り起こした土砂は本件土地等に埋立てられ、そのため、本件土地は水路としての機能を喪失したこと。

館林市大字四ッ谷字村前一三九番三

畑 九九平方メートル

館林市大字四ッ谷字村前一三八番三

畑 八二平方メートル

(三)  原告の父である訴外坂村(以下「」という。)は、昭和一七年三月ころから、本件土地を畑として耕作するようになり、その後、原告の兄である訴外坂村武行(以下「武行」という。)が右耕作を受け継ぎ、昭和二八年四月から、原告が右耕作を受け継ぎ、昭和三五年ないし三八年ころから、陸田として耕作するようになり現在に至っていること。

(四) 、武行及び原告は、右各耕作について、被告、群馬県及び館林市から何ら異議を述べられたことはなかったこと。

(五)  被告は、現在、本件土地を隣接する館林市道九八号線(敷地は国有地)の拡幅用地及び側溝整備用地として確保したい意向であること。

右(一)ないし(四)の認定事実によれば、本件土地は、原告の占有開始時には、既に、長年の間、事実上公の目的に供用されることなく放置され、水路としての形態、機能を全く喪失し、そのために実際上公の目的が害されたこともなく、公共用財産として維持すべき理由がなくなったとみられるから、黙示的に公用が廃止されたものというべきであり、右(五)の認定事実をもって、右判断を左右するものということはできない。

五  所有の意思について

被告は、原告の本件土地の耕作占有には、所有の意思がない旨主張するので、以下検討する。

前記認定事実、《証拠省略》を総合すると次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

1  旧郷谷村は、昭和一七年ころ、坂村家から、水路変更工事のため、新水路を代金坪一〇円の割合で買い受けたが、坪五円の割合の代金しか支払えなかったので、残代金の支払に代えて本件土地をに譲渡し、は、当時他の村民と同様、本件土地の所有者は旧郷谷村であると誤信していたこと。

2  坂村家の家業である農業の後継者である武行は、から本件土地及び左記各土地(以下「坂村土地」という。)の譲渡を受けたが、本件土地はが旧郷谷村から譲渡を受けたものと認識していたこと。

館林市大字四ッ谷字村前一三七番

畑 一四三四平方メートル

館林市大字四ッ谷字村前一三八番一

畑 一七四五平方メートル

館林市大字四ッ谷字村前一四〇番一

畑 九二八平方メートル

館林市大字四ッ谷字村前一三九番一

畑 六九四平方メートル

館林市大字四ッ谷字村前一三九番二

畑 一四八平方メートル

館林市大字四ッ谷字村前一三八番二

畑 九・九一平方メートル

3  昭和二八年四月、武行は離農することになったため、原告が、坂村家の家業である農業の後継者となり、直ちに所有権移転登記等の手続を履践しなかったものの、坂村家においては、本件土地及び坂村土地を原告に譲渡する旨合意し、その際、原告は、本件土地はが旧郷谷村から譲渡を受けたものと認識していたこと。

4  原告は、昭和五七年春、訴外狩野満行政書士から指摘を受けてはじめて本件土地が被告の所有名義であることを知ったこと。

右認定事実によれば、被告の右主張事実は採用し難いところ、その他被告の右主張を採用するに足る証拠はない。

六  時効利益の放棄ないし援用権の喪失について

1  原告は群馬県知事に対し、本件土地につき、公共物用途廃止申請をなし、同知事は、昭和五九年一月六日、右申請を受理したことは、当事者間に争いがない。

2  しかしながら、右事実をもって、原告が時効利益を放棄ないし援用権を喪失したものと解するのは相当でない。蓋し、公共物用途廃止申請と時効取得の主張は相容れない行為ではなく、いずれも原告が本件土地の所有権を取得することを目的とする行為であるからである。

七  以上によれば、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邉了造)

〈以下省略〉

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